「通知簿(あゆみ)の評価って、結局どうやって決まっているの?」
「テストはいい点なのに、なんで〈もうすこし〉なの?」
「先生は何を見て評価しているのか知りたい」
通知簿を渡すたびに、保護者の方からこうした疑問をたくさんいただきます。実は、評価をつける側の教師がどんな基準で・何を見て点をつけているかは、学校からはほとんど説明されません。今回は15年間、毎学期この評価をつけてきた立場から、通知簿の「中身」を包み隠さずお話しします。
通知簿の評価は「テストの点」だけでは決まらない
まず一番の誤解からお伝えします。通知簿の評価は、テストの合計点で機械的に決まるものではありません。多くの保護者の方が「テストが90点なら〈よくできる〉のはず」と思われますが、現場の実態は違います。
現在の通知簿は「観点別評価」という仕組みでつけられています。具体的には、各教科を次の3つの観点で見ています。
- 知識・技能……漢字や計算など「覚えた・できる」こと(ここはテストで測りやすい)
- 思考・判断・表現……理由を説明する、考えを書く、応用して解く力
- 主体的に学習に取り組む態度……粘り強さ、振り返り、学ぼうとする姿勢
つまり、テストの点が反映されるのは主に「知識・技能」の部分だけ。残り2つは、授業中のノート・発言・提出物・振り返りカードなど、日々の積み重ねから判断しています。テストが満点でも、ここが弱ければ総合評価は上がりません。
「よくできる/できる/もうすこし」3段階の本当の意味
多くの小学校では、各観点を3段階(◎よくできる/○できる/△もうすこし)で評価します。この線引きを、教師は「到達度」で考えています。
- ◎よくできる……その単元の目標を十分に達成し、応用までできている
- ○できる……目標はおおむね達成している(実はこれが「標準」で、決して悪くない)
- △もうすこし……目標の達成にあと一歩、つまずきが残っている
ここで強くお伝えしたいのは、「できる(○)」は決して悪い評価ではないということです。学年の目標をきちんと達成しているという意味で、むしろ安心していい評価です。◎が並んでいないからと落ち込む必要はまったくありません。
教師が「主体的に取り組む態度」で本当に見ているところ
保護者の方が一番気にされるのが、この「態度」の観点です。よく「手をたくさん挙げる子が高評価なんでしょう?」と聞かれますが、これは半分誤解です。
挙手の回数そのものは、実はあまり重視していません。私が見ているのは次のようなところです。
- 間違えたあとに、もう一度やり直そうとするか
- 振り返りカードに「次はこうしたい」と自分の言葉で書けているか
- わからない問題を、すぐ諦めずに考え続けられるか
- 友だちの意見を聞いて、自分の考えを修正できるか
つまり「正解できるか」より「学ぼうとし続けているか」を見ています。だから、おとなしくて発言が少ない子でも、ノートや振り返りがしっかりしていれば高く評価されます。逆に、声が大きいだけの子が必ず高評価になるわけではありません。
所見欄(コメント)に込めた言葉の「翻訳」
通知簿の所見欄には、文字数の制約と「ネガティブなことは書きにくい」という事情があります。そのため、教師はあえて前向きな表現に「翻訳」して書いています。代表的なものをこっそりお伝えします。
- 「〇〇に取り組む姿が見られました」→ 結果はこれからだが、努力は本物
- 「落ち着いて学習できる場面が増えました」→ 以前は集中が課題だったが、改善中
- 「自分の考えをしっかり持っています」→ 主張は強いが、人の話も聞けるとなお良い
所見は短い中に担任の「一番伝えたいこと」を凝縮しています。気になる表現があれば、ぜひ個人面談で「これはどういう様子ですか?」と直接聞いてください。教師は本音を話す準備ができています。
通知簿を受け取ったら、家庭でやってほしいこと・避けてほしいこと
避けてほしいこと
- 評価の数(◎の数)だけを見て、点数のように比較する
- 「なんでこれが〈もうすこし〉なの!」と子どもを問い詰める
- きょうだいや友だちと評価を比べる
やってほしいこと
- まず「がんばったね」と努力の過程を認める
- 「もうすこし」がついた観点を、次の学期の伸びしろとして一緒に確認する
- 所見欄を読んで、担任が見てくれている子どもの良いところを家庭でも声に出して伝える
「もうすこし」は、責める材料ではなく「ここを補えば伸びる」という地図です。つまずいている観点がわかれば、家庭でのフォローもピンポイントでできます。
「もうすこし」を次の学期に「できる」へ変える家庭学習
観点別評価のうち、家庭で一番補いやすいのは「知識・技能」と「思考・判断・表現」です。特に算数のように積み上げ型の教科は、つまずいた単元まで戻って学び直すことが効果的です。
我が家でも使っているスタサプ小学講座は、月2,178円で小1〜小6の全単元が見放題なので、「前の学年のどこでつまずいたか」を戻って確認できます。映像授業なので「なぜそうなるのか」という考え方の部分(思考・判断・表現)も理解しやすく、通知簿で△がついた単元の補修にぴったりです。
ここからは、現場の本音を書きます
ここまでは、通知簿がどういう仕組みでつけられているかという「制度の説明」でした。ここからは、教員が実際にどう悩みながらつけているかを正直に書きます。あまり語られない話ですが、保護者の方に知っておいてもらう価値があると思っています。
教育界の主流は「テストの点だけで評価するな」
今の評価の考え方は、はっきりしています。テストの点数だけで評価してはいけない。これが業界の主流です。
学びに向かう姿勢、授業中の考え方、粘り強く取り組めているか、友達の意見を聞いて自分の考えを深められているか。あらゆる点を考慮して評価せよ、というのが今のトレンドです。
理念としては、まったく正しいと思います。点数だけで子どもを測るべきではない。それは教員なら誰でも同意します。
でも現場の本音は「そんなの無理だ」
正直に言います。教員の間で共有されている本音はこれです。
「そんなの見えないし、評価できない」
考えてみてください。30人以上の子どもの「学びに向かう姿勢」を、一人ひとり客観的に記録し続けることが物理的に可能でしょうか。
授業は45分です。その中で発問し、机間指導をし、つまずいている子に声をかけ、時間内に内容を終わらせる。その全部をやりながら、30人の内面の変化を記録することはできません。これが現実です。
だから多くの教員が、何を根拠につけていいのかわからないまま評価をしているのが実情です。私自身、15年やってきて、この部分に自信を持てたことは一度もありません。
実際どうなっているのか
結果として、現場ではこうなりがちです。
- テストの点数がメインの判断材料になる(一番客観的で、説明できる数字だから)
- そこに、日々見えている姿を少し加味する
- 全体の評価を先に決めて、細かい3観点をそれに合わせるという順序になることもある
3つ目は、教育の理念からすると本来は逆です。3観点を積み上げた結果として評定が出るのが建前です。でも「姿勢」を客観的に測る手段がない以上、説明できる材料から逆算せざるを得ない場面があるのが実情です。
これは個々の教員の怠慢ではなく、理想の評価方法と、教員が使える時間・人数のギャップから生まれている構造的な問題だと私は考えています。
だから保護者の方に知っておいてほしいこと
この現実を踏まえると、通知簿の見方が少し変わってくると思います。
- 通知簿は「客観的な真実」ではなく、限られた条件の中で担任が出した一つの見方です
- 「主体的に取り組む態度」の評価は、教員が最も自信を持てない部分です。ここが低くても、お子さんの姿勢そのものを否定されたわけではありません
- 点数に表れやすい部分は、比較的正確に反映されています
だから通知簿を見るときは、「もうすこし」がどの教科のどの観点についているかを確認するのが実用的です。テストの点が反映されやすい観点で「もうすこし」なら、それは学習内容の穴を示しています。ここは家庭で確実に手を打てます。
逆に、態度の観点だけが低い場合は、担任に「具体的にどんな場面でそう感じられましたか」と聞いてみてください。具体的な場面が出てくれば信頼できる情報ですし、出てこなければ評価の精度がそこまで高くない、ということです。
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この記事の執筆者:タカ先生(現役小学校教師・教員歴15年)
公立小学校に15年勤務。毎学期、自分の手で通知簿の評価をつけてきた立場から、評価の「中身」と保護者の方に知っておいてほしいことをお伝えしています。2児の父として、我が子の通知簿にも一喜一憂しています。詳しいプロフィールはこちら
